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ヴェニスの商人@天王洲 銀河劇場

ヴェニスの商人@天王洲 銀河劇場 

市村正親 藤原竜也  寺島しのぶ 京野ことみ
廣田高志 大川浩樹  小林正寛  横田栄司
樋浦 勉 加門 良  椿 真由美 鈴村近雄
遠藤 好 今奈良孝行 菅原さおり 樋口浩二
佐川和正 藤沼 剛  豊田 茂
佐藤仁美 団 時朗  西岡徳馬

作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:グレゴリー・ドーラン

翻訳:河合祥一郎
美術:マイケル・ヴェイル

劇場の階段を上がる途中に仮装した役者さんが。
身じろぎせず壁にぴたっとくっついていて少しびっくり~
。。。っと思っていたらロビーに上がるとあちこちに
ヴェニスのカーニバルの扮装をした人が。

2階廊下ではヴァイオリンとタンバリンでにぎやか。
キッコロモリゾーの若干リアル版みたいな木ももそもそ動いてたり。
お客さんはみんな写真撮ってた。

で、本編。
。。。

ぎりぎりの体調だったため60%マイナス状態から観劇。
精神的にもぎりぎりで観ていたのでっというのは後付だけど
はじまってすぐ気を失った。
けど、すぐ復活。
10分位だけどしっかり寝たのでその後は眠くならず。

初めて観るヴェニスの商人は、
どうしようもない人々の集まり。

自分の財産を使い果たし親友に借金する人。
その理由は大富豪の令嬢にプロポーズをするため。
そんなどうしようもない理由なのにそれを叶えるため
自分が保証人となり借金をすることを許す金持ちの人。
で、よりによって天敵ユダヤ人シャイロックに借金をしてしまうという
どうしようもなさ。

大富豪のご令嬢は、その時代社会的地位・発言力の弱さから自分の結婚相手をくじにゆだねざるを得ない。
その後、顔が良かったので結婚したくなった男を救うため、男装してあの有名な“人肉裁判”の場に乗り込むわけだけれども。

どうもしっくりいかない。

シェイクスピアの時代では、男性が女装をして女性役を演じていたわけだから、それはそれはややこしいもののおもしろかっただろうねぇ。今の“おねえさま”系の方々が男言葉をぐわっと喋ったりするとおもしろいみたいな感じ。。。??(ちょっと違うか!?)。
当時社会的に低かった女性のアイデンティティを表現するため、女性を男装させて、なるほど!っということを言わせる。

ま、それは時代的なものだからおいといて。

今回の令嬢・ポーシャは寺島しのぶさん。
彼女本来のちゃきちゃきな男前っぷりが
前半の“控えめで従順な理想的な女性”を演じることに
かなり足かせとなっていて。。。

っというよりは、こちら観る側の先入観がどうしても取れない。
従順な娘にどうしても見えない。
こっちが悪いということにしてもらってもちろん良いんだけど。
『大正四谷怪談』
の時にも感じた違和感は多分これ。
おせじにも美しくない(と私は思う。失礼ですが。)彼女が絶世の美女なのもうーん、だし。
ひねくれた見方をすると、
『がっぽり遺産を背負ってる彼女の容姿は3割り増し』
ということならわかる(!?)かね。

裁判の時にも、特に秘策無しで乗り込んでくる。
その演出には女性独特の考え無しに突っ走る無鉄砲さが出てて。思いつかなかったらどうすんの??気づいてて今思いついた!みたいなふりをしているのだとしたら、そんな風には見えなかった。
裁判後の結婚相手を試すあの指輪のくだりには
女性の最悪の部分が描かれてて。
試すなんて最低だー!
・・・ってそれはシェイクスピアが書いているのですが。

ま、夫がまんまと引っかかればその後永遠に尻に敷けるけど。

“ヴェニスの商人”西岡徳馬さんからは
今回の解釈である同性愛の深さも何も見えない。
先に聞いてないとわかんない。
シャイロックに対しては侮蔑も後ろめたさも何も感じない。
何か頭悪そう。こっちに勝手にゆだねてるのか??

商人アントーニオの年下の親友ポーシャの求婚者バッサーニオに
藤原竜也。
こちらもアントーニオへの愛はちょこっと片鱗が見えたような気はするものの、どうせならもっとわかりやすく極端にやって欲しかったかな~。演出の問題だが。
ふにゃふにゃの逆玉狙い青年っぷりはよく出てた。
変装部分は楽しそうにやっていて、あそこで目が覚めましたありがとう。

個人で見ると良いものの、何しろバランスが。。。
これだけのキャストでこの物足りなさ感はなんだろうか~ざんねん。

市村シャイロックはひたすら“悲劇”。
もちろん演出プランによるものだけど、いっそのことシェイクスピアが書いたように“喜劇”として演じてくれたら良かったのに。
人種差別、宗教差別、それを喜劇というオブラートに包んで痛烈に皮肉って欲しかった。
今、それを演じられるのは市村さんが一番のような。。。

ちなみに、当時のヴェネチアでは
商人と商人との間での助け合いがしっかり確立されており、
ユダヤもアラブもそれ以外も関係無くシステムとして仲良くしていたそうで。シェイクスピアが描いているような強い差別は無かった、とか。

シェイクスピア自信も、宗教・人種差別主義者では無かったらしい。
では何故ゲットーに暮らすシャイロックに、人々は会うたびにつばを吐きかけるのか。というと。

当時自国の英国での話し、とすると都合の悪いことがあったらしい。

“私の友達の話なんだけど~。。。”

ってやつですね。
あるあるー。

シャイロック側からの“悲劇”なのか。
当時風潮に寄る“喜劇”なのか。

どっちかにして欲しかった。
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